スマートな塾講師
社会的・自尊・自己実現の欲求レベルでも、人は動機づけられる。
e人は正しく動機づけられれば、仕事上でも自立的・創造的になれる。
職場を見回してみると、「Y仮説が意図するところはわかるが、実際はX仮説にならざるを得ない」という人が多い。
動機さえ与えれば自然に仕事をするようになるといった理論は、あまりに牧歌的だと笑われる。
たしかに人間は、そう規定してしまえるほど単一な価値観に支えられているわけではないし、各々が置かれた立場のちがいもある。
裁量が与えられた四五歳と、裁量がさほどない二五歳では、就労に関するモチベーションを一律に論じてしまうわけにもいかぬ。
けれどもAさんやBさんは、X仮説の世界にいたようで、実はY仮説の世界に住んでいるのではないか?「課題をクリアすることができても、それによって自分が充足してゆくといった実感がないまま、気がついたら三〇歳になっていた」と語ったAさんは、働くほどに価値が増してゆくという実感が持てなかった。
金銭で買えず、課題が難なくこなせても満たされないもの。
それを探すべくAさんは転職をした。
Bさんはどうだったか。
仕事自体に大きな問題があったのではなく、年収に不満があったのでもないのに、新たな職場を求めて動いた背景には、「なんとなくエンプティ」があった。
ふたりに共通していたのは、いま天職と思える仕事が、卒業当初はまるで見えていなかったということだ。
うまくいかないときは前進せずとも充電する人は何によって動くのか。
人は何を求めて働こうとするのか。
人は働くなかで、報酬と意欲とのバランスをどうとればよいのか。
目の前にぶら下がったニンジンや金銭で動くものと、あなたは頑なに信じてはいないか。
そうでないらしいことを、AさんやBさんという転職者たちが教えてくれる。
打算に惑わされることなく、今日という目をひたすら生きてみないか。
情報に踊らされて振り回されたり、いまの状況を人のせいにしようとしたり、自らを大きく変化させようと思えば思うほど、自分を見失って稜小化する。
自分は何かを持っているらしいと信じて、目の前にある仕事をこつこつとこなし、真正面を向いて静かに生きる。
本来の道筋にいないと感ずれば感ずるほど、転職者たちが語ったように、そのうち違和感を覚えるようになるだろう。
その違和感にヒントがあるのかもしれない。
だから違和感を覚えたら、違和感のない世界はどこかと探し、自分が得意だったことと、向いていることとが乗離していないか考えてみよう。
乗り物は、エンジンを稼働しながらバッテリーを充電する。
回生ブレーキというのだそうだが、最近ではブレーキをかけて減速しているときも、余ったエネルギーをバッテリーに充電する装置があるらしい。
充電は、順当に突き進んでいるときにだけされるのではないらしい。
それなら減速しているからといって、もうダメだと思う必要はない。
大事なのは、現象。
順風のときがすべてプラスに働くとは限らず、リバース状態のときがすべてマイナスをあらわすとも限らないといった現象は、自然界にたくさんある。
逆風で進むヨットが見せる現象のように。
思うようにいかないときは、前進せずとも充電する。
いずれ何かに役に立つときがあるかもしれない。
あるいはいま役に立たないムダだと思えることでも、粛々とした時間を過ごしながら、自分の内面との擦り合わせをする。
それがたぶん充電と呼ばれる行為だろう。
焦ることなくしなやかに、したたかに生きてみよう。
今日は今日しかない。
だから今日だけをしっかり生きる。
やると決めたら、今日からさっそく始動する。
明日のことなんかわからない。
そういったのは親鸞聖人。
同じ場所に安住して適応を放棄すれば滅びるだけと語ったのはダーウィンだ。
ダーウィンが残したことばを最後に記して本稿を終える。
唯一生き残るのは、変化できる者である(チャールズ・ダーウィン)四円の新橋。
居酒屋で四人の男たちが、酒を呑みながら談笑していた。
電車のなかも新聞も転職の広告が増えましたね。
そうですね。
営業やエンジニアの特集は、よく見かけますね。
転職ブームだからでしょう。
最近の若い人はすぐ辞めちゃうから新興の斡旋業者にもチャンスがある。
でもあれだけあると、さすがに迷うでしょ。
ええ、たしかに。
迷いますね。
そう応えたのは、三〇歳くらいの男性。
けど、合わない仕事だとまた辞めちゃう。
そうやって自滅してゆく人がいる。
そうそう、最近の若者は白滅するのですよ。
負のスパイラル。
考えてること、なかなか伝わってこないしね。
三〇歳くらいの男性は、きょとんとしている。
傍で聞いていたぼくは、酒を煽りながら思う。
若い人たちが自滅するというなら、誰のために、なんのために自滅するのか。
自然現象に必然や摂理があるように、人の生き方にも必然や摂理はあるはずなのだ。
ある細胞群には自滅する現象が見られ、アポトーシスと呼ばれる。
このことばは「離れる」ということばと、「落ちてくる」ということばが一緒になってできた。
秋になると木の葉が落ちる様子を、医学の祖といわれているヒポクラテスが最初に用いたというのが定説になっている。
事実、樹木からの落葉は、アポトーシスによって遂行される。
樹木からすれば、冬季に備えて代謝の総室を抑えられるというメリットがある。
樹木にとっても、落ちてゆく柴にしても、アポトーシスは生きてゆくうえでの必然であり、運命なのだろう。
ぼくたちに手指があるのも、指と指のあいだにあった水かきのような部分がアポトーシスを起こすことによって生まれる。
水かきの細胞群にとって自滅するのは必然であり、消えてゆかねばならぬ運命を背負わされている。
この本を作成しているとき、自滅なる用語をまた聞いた。
「自滅する若者みたいなタイトルの本があったら読みたいですね」。
そう語ったのは出版企画の仕事をしている人。
三〇歳になったばかりだ。
小さな波風が、ぼくのこころに立つ。
あなたがた若い人たちまで、そんないい方をしていいの?そして、ふたたび思った。
若い人たちが自滅するというなら、誰のために、なんのために自滅するというのか。
あなたがいう自滅の意味を、教えてくれないか。
事者意識というものが、もう少しあっていいんじゃないのかい?当事者意識があるからこそ、読みたいじゃないですか。
……あ、なるほど。
そういうことか。
本書に出てきた若い人の意見とだぶった。
要するに序列化したいわけだ。
そうして自分はまだそこまで堕ちていないと確認したいわけだ。
安全圏がすぐそこに見えているわたしは大丈夫だと、一刻も早く確信したいから読んでみたい。
そう思っているわけだ。
仕事とはいえ、冷たいね。
相手は、きょとんとしている。
はっとして気づく。
こちらはそれ以上に冷たいことを平気で口にした。
ぼくも新橋にいた男たちと変わらない。
中年のオトナたちは、いつだって若い人たちを冷ややかに突き放そうとする。
いかにも知っているような顔をして。
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